北国の春


 秩父ではいよいよ桜も終り、新緑の季節となりました。渡る風が一番心地よいまさに薫風の季節です。新緑の森のにおいは言葉に言い表せない爽快感があります。鼻から全身をくまなく初々しい緑が行き渡り、少し体が軽くなったような気さえします。まさに春の息吹を体で感じると言ったところでしょうか。

 心の底から春と言う季節を味わったという経験はあるでしょうか。関東では春は徐々にやって来ます。2月梅が咲き、3月菜の花が咲き、4月桜が咲き新緑を迎える・・・とまあ、これが日本の関東以南では当たり前の春の歩みです。ところが南北に広い日本列島、こんな春の歩みが同時にやって来るところもあるのです。梅も桜も菜の花も新緑も・・・およそはるという言葉に括られるあらゆるものが同時に、しかも一斉にやって来る・・・その感動は自ら体験する以外に言い表わすすべもありません。

 幸運にも私自身、以前そんな春を体験することができました。私の兄が仕事で青森県の弘前に赴任していた折にゴールデンウィークの連休を利用してはるばると本州の北のはずれ、青森まで足をのばしたのです。正直なところ、兄が赴任するまでは青森には一生行くことはないだろう、とそれまでは思ってました。取り立てて用事もないし、写真を撮る被写体も思い付きませんでしたから。今思えば、と言うか1度行ってみると自分の無知さ加減に腹が立ちますが・・・。新緑も終りかけた東京を一路弘前目指して東北新幹線で出発しました。北上するに従い季節が後戻りするのが手に取るように分かります。車窓の木々がだんだん新緑になりやがて桜が咲いています。仙台をこえると土手の桜が満開で、ちょうど1カ月前の東京と季節がだぶりました。やがて盛岡に着き、高速バスで弘前に向かいます。仰ぎ見る岩手山はまだ冬の姿です。しかし、その麓では着実に春が感じられました。木々の新緑が山肌の残雪と絶妙のコントラストをかもし出しています。やがて、雪をたたえた岩木山が優しくそびえる弘前に到着しました。バスターミナルまで迎えに来てくれた兄にまっ先に連れていってもらったのは、やはりあそこです。そう、桜満開の弘前城。うわさには聞いてましたが、やはりすごい。あんな桜見たことがない。まるで桜の海にお城が浮かんでいるとでも申しましょうか・・・とにかく、桜満開の弘前城を見れただけでもはるばるやって来た価値があると言うものです。

 しかし、この旅で一番感動したのはこの弘前城の桜ではありませんでした。翌日、鯵ヶ沢から日本海沿いのそれはもう景色の素晴らしい道を南下し、あの白神山地の一角の十二湖への小さな旅に出かけました。小さな岬を越えて目に飛び込んで来たのは雪を頂いた白神の雄々しい峰々、これが白神かと身震いしながら見つめたのは今でも鮮明に覚えています。そして残雪とブナの新緑に被われた十二湖の神秘的な佇まい。キクザキイチゲが新緑でまばゆいばかりに輝くブナの森のいたるところに咲き、センダイムシクイやカラの類の鳴き声が森のいたるところに響き、まさに長く閉ざされた冬から一気に解放された喜びに満ちあふれていました。ここまで春と言う季節を喜びで迎え入れているとは・・・関東の春とはケタ違いのエネルギーがそこには満ちていました。長く雪に閉ざされた厳しい冬があるからこそ、一気に世のすべてを春に変えてしまうようなとてつもないエネルギーが大地に産まれるのでしょう。でなければここまで美しい春なんて創造できるはずがありません。稚拙な写真ですが下に載せました。あの感動の何百分の一くらいの感動しか表現できませんでしたが。

 鯵ヶ沢のイカの一夜干し・・・うまかった^_^;


弘前城にて


ブナの新緑


十二湖にて


キクザキイチゲ